ビジネスの環境分析の精度を高める6つの技法
以前、ビジネスを脅かす5つの競争要因( ファイブ・フォース)と競争環境分析についての話をしました。
今回は、詳細な「業界分析」と「競争業者分析」、つまり、環境をより的確に把握するための「6つの分析技法」についてお話しします。
分析1 業界内部の分析「業界内部の構造分析」
5つの競争要因による分析の強化
5つの競争要因で分析した競争構造は、その業界の全企業に影響を及ぼします。
一方、同じ業界でも、ある会社は儲かり、一方は儲かっていないという状況はよくあります。
ポーターは、こうした業界内部の構造を分析するのに「戦略グループ」という考えを提唱しました。
戦略グループ
戦略グループとは、業界内の企業を戦略的な特徴を軸にして、グループ分けしたものを指します。
戦略グループの分類には、戦略グループマップと呼ばれるツールを利用します。
戦略グループマップの簡単な例は、下図のようなものです。
また、以前、業界への新規参入には、参入障壁があることをお話ししました。
同様に、業界内においても、ある戦略グループに属する企業が、別の戦略グループに参入する場合にも、障壁が存在します。
これを「移動障壁」といいます。
そして、この移動障壁にも高低があります。
移動障壁の高い戦略グループは、グループへの新規参入を拒む力が強く働きますし、逆に、移動障壁の低いグループは、常に厳しい環境にさらされます。
戦略グループ内の企業のポジション
戦略グループの特徴を分析し、その上で自社がグループ内でどういった地位にあるのかを明確にします。
この分析で、今後自社が進むべき方向に関する基本情報を得られます。
自社が属する戦略グループの特性を分析する
自社が、業界内でどういったポジションにあるのかを知るには、まず5つの競争要因による業界分析が不可欠です。
その上で、自社が属する戦略グループの特性を下記の項目について明らかにします。
- 移動障壁
- 顧客と供給業者に対する交渉力
- 代替品に対するもろさ
- 他の戦略グループから攻撃される程度
戦略グループ内での企業のポジション
戦略グループの特性を把握できたら、次にそのグループ内での自社のポジションを明らかにします。
そのためには、分析するのは次のものです。
- 競争度
- 他の企業と比べた場合の規模
- 戦略グループに加入するために必要なコスト
- 企業の実行力
これらを分析することで、業界内における自社のポジションが、より明確になります。
現在のポジションを変えるには
現在のポジションに不満がある場合は、次の4つの戦略でポジションを改善することも考えられます。
- 新しい戦略グループを作る
- より好ましい状況にある戦略グループへ移動する
- ドイツ戦略グループの構造強化ポジションの強化を図る
- 新しい戦略グループに移り構造を強化する
上の4つの戦略と、既に設定した3つの基本戦略とは、相反するものではありません。
上の要領で身を置くべき戦略グループを定めたら、選択した戦略グループ内でコストのリーダーシップ、差別化、集中、このいずれかを取ると考えればいいでしょう。
好ましい業界且つ好ましい戦略グループで強いポジションに立てれば、収益は最大になります。
また、戦略グループとしての好ましさはさほど高くないとしても、3つの基本戦略のいずれかに経営資源を集中できれば、グループ内でのポジションを優位にでき、収益もアップします。
以上を簡単にまとめると
① 5つの競争要因(ファイブ・フォース)による業界分析
↓ ↓
② 自社が属する戦略グループ分析
↓ ↓
③ グループ内での自社のポジションを分析
となります。
分析2 競合業者の分析①「競合業者分析のフレームワーク」
競争業者分析のフレームワークは、同じ戦略グループに属する競争業者の分析する手法です。
もちろん、他の戦略グループに属する企業をこの手法で分析することでも、貴重な情報を得られます。
競争業者分析と、そのの構成要素
まず、次の4つの項目で、競合業者を分析します。
- 将来の目標(競合業者の目標)
- 仮説
- 現在の戦略
- 能力
1の将来の目標は、競合業者の将来の目標を明確にする作業です。
競合業者の目標が明らかになっていれば、目標達成に脅威を与える行動を回避して、競争しないことが出来ます。
2の仮説とは、競合業者が自身に抱いている仮説及び同業他社に対する仮説です。
3の現在の戦略は、個々の競合業者が持つ基本戦略です。
4の能力は、実行能力は研究能力など、競合業者が持つ総合的能力です。
以上の4要素から競合業者の状況を分析し、要素を統合して、次に示す「競合業者の反応プロフィール」を作成します。
総合業者の反応プロフィールの作成
競合業者分析の4要素を明らかにしたら、次に、この結果に基づいて競合業者の反応プロフィールを作成します。
これは競合業者の「攻撃的な動き」と「防衛能力」を明らかにするものです。
①攻撃能力について知るには
- その競合業者は、現在の地位に満足しているか。
- その競合業者は、今後どんな動きをするか。また、どんな戦略変更をするか。
- 予測される動きの強さと重大さは、どの程度か。
②防衛能力を知るには
まず、業界内の企業ならば、選択可能な戦略と今後発生しそうな環境面の変化を事象として、一覧表にします。
そして
- 事象に対する競合業者の弱点。
- 事象の挑発により、競合業者が対抗策をとる程度。
- 事象に対する競合業者の対抗策の効果度。
について分析します。
そして①②により、「競合業者の体制が整っていない」「戦う熱意がない」「競争を避けている」などの競争分野を見つけ出して、その分野で競争を仕掛けることが重要になります。
分析3 競合業者の分析②「マーケット・シグナル」の把握
マーケットシグナルとは「企業の意図・動機・目標、もしくは社内状況を直接的・間接的に示す行動」です。
マーケットシグナルの把握は、競合業者分析と戦略策定に非常に有用です。
マーケットシグナルのタイプ
企業の意図動機目標もしくは社内状況を示すマーケットシグナルには、多様な種類があります。
ポーターは代表的なものとして、
・事前の発表(動きの予告)
・事後の発
・業界事情についての競合業者のコメント
・自社の動きについてのコメントと説明
・戦術の比較
・新しい戦略の導入方法
・過去の目標とのズレ
・業界で前例のない行動
・間接的な反撃
・攻撃用のブランド
・反トラスト訴訟
を挙げています。
マーケットシグナルの機能
マーケットシグナルには、次のような重要な働きがあります。
- 同業者に先んじて有利なポジションを占める働き
- 総合業者が計画している行動の実施を抑制する働き
- 競合業者の気持ちを推し量る働き
- 競合業者の動きに対する歓迎や不快感を伝える働き
- 競合業者を回収する働き
ただし、マーケット・シグナルにはダマシを目的としたものもあるので、注意が必要です。
分析4 競合業者の分析③「競争行動」
競争行動を起こす時の原則
企業の競争行動には、大きく次の3つがあります。
それぞれの競争行動には原則があって、これをあらかじめ理解しておくと、自社の次の手を考える上での重要な情報になります。
- 協調的・非脅威的な行動
- 脅威的な行動
- 防御的な行動
また、こうした競争行動を起こす場合には、次のような原則があります。
競争行動の原則
- 協調的・非脅威的な行動
競争相手の目標や利益を脅かすことなく自社のポジションを向上するものです。
このケースには、「競争相手が何ら対抗行動をとらない場合」「かなりの数の競合業者が対抗行動をとった場合」「 競争相手が対抗行動を取る気がない場合」のように、競争相手の動きで分けた3つのカテゴリがあります。 - 脅威的行動
自社のポジションを向上させ、他の企業の脅威となる行動を指します。
この行動に移る場合、「競合業者の反撃の可能性」や「反撃までの時間」「反撃の力」などを分析しておくことが重要です。 - 防御的な行動
戦いを引き起こさない策のことを指します。
こうした策には、競合業者に対して、自社の立場をはっきり示す約束(※)が有効に働くことがあります。
※ 約束
自社が競合業者に宣言する公約のようなものです。
ポーターは、約束を「自社の経営資源と意図を曖昧でなく、はっきり伝える方法」と定義しています。
そして、競争上優位に立つための約束には、
・競合業者の反撃を抑える効果
・競合業者の動きを抑える効果
・信頼関係の確立
といった抑止効果があります。
分析5 業界動向の分析「業界の進展・変化」
今後、「業界全体がどのように進展・変化するのか」という長期展望を持つことも、戦略立案に不可欠です。
こうした業界の中長期的な進展を予測する枠組みの1つに、プロダクト・ライフサイクル(PLC)があります。
有名なので、聞いたことのある方も多いでしょう。
簡単には、下図のようなものです。
これによると、開発された製品は、一般に、導入 ⇒ 成長 ⇒ 成熟 ⇒ 衰退の過程をたどると言われます。
ポーターは PLC を業界の成長に応用し、業界の進展を見るツールとして利用できるとしました。
各成長段階での特徴
PLC の各段階にはそれぞれ特徴があります
導入期では、競合業者が比較的少ないものの、業界そのものへの認知が低いため、大きな費用をかけての認知促進活動と市場の確立が不可欠になります。
成長期では、買い手が殺到する中で、シェア拡大のためのマーケティングや差別化が不可欠になります。
成熟期では、市場の成長が緩やかになり、コスト面での競争が激化します。
衰退期では、代替品が登場するなど、撤退も視野に入れた戦略策定が不可欠になります。
ただ 、このPLCが全ての業界に適用できるとは限らない点にも注意してください。
変化を予測するための「進展過程」
あらゆる業界が、上に示した PLC の過程を踏むわけではありません。
でも、「変化の原動力」となる要因を明らかにし、これを分析することは大切です。
その業界の変化を誘引する力、変化の原動力をポーターは「進展過程」と呼んでいます。
また、進展過程は PLC と違い、あらゆる業界に共通する要因です。
ポーターが挙げている進展過程(変化の原動力)となる要因は、次の通りです。
- 成長の長期的変化
・買い手の人口
・ニーズの動向
・代替品の相対的な位置 - 買い手セグメントの変化
- 買い手の学習
- 不確実性の減少
- 占有知識の拡散
- 経験の累積
- 規模の拡大又は縮小
- インプット・コスト・通貨コスト(の変化)
・人件費
・材料費
・資本コスト
・その他コスト - 製品イノベーション
- マーケティングイノベーション
- 生産工程のイノベーション
- 関連業界の構造変化
- 政府の製作変化
- 参入と撤退
以上のように、進展過程による業界は変化は、その変化の仕方に決まった形がありません。
(さきほどの PLC はその一形態に過ぎずません。)
しかし、進展過程で、業界の構造や境界が変化することは明らかなので、それを分析して、変化を事前に察知することで、有利なポジションを築くことが大切です。
分析6 買い手・供給業者の分析「買い手と供給業者に対する戦略」
買い手選定のフレームワーク
企業の収益を高めるためには、多くの買い手の中から、最もメリットの大きい買い手を選び出すことが必要です。
こうしたターゲットの選定作業は、次のような基準で分析します。
- 買い手の購入ニーズとそれに応える自社の能力
- 買い手の成長力
- 買い手のポジション(本来持っている交渉力や交渉してくるシーンなど)
- 買い手との取引コスト
買い手に対する基本戦略
上記の基準で買い手を分析したら、交渉力の弱い買い手や価格敏感度の低い買い手(※)を自社のターゲットとして選び出します。
(ただし、自社のポジションによって、買い手はある程度決まります。)
※ 価格敏感度の低い買い手
価格敏感度の低い買い手は、良い顧客となります。
価格敏感度の低い顧客とは、
・製品コストに占める仕入れ品コスト比率が小さいケース
・仕入品が、買い手に大幅なコストダウンや、効率アップをもたらすケース
・高品質化に、仕入れ品が役立っているケース
などのケースです。
こうした価格敏感度の低い顧客を見つける・作ることも、重要な戦略です。
また、
- 低コスト企業の場合、交渉力が大きな顧客からも収益を見込める
- コスト面で不利な企業や製品差別化のできていない企業は、買い手を選ぶ必要がある
- 戦略の取り方により、好ましい買い手を創出できる
- コストの嵩む相手を顧客の中から除外する
なども、買い手に対する基本戦略です。
供給業者を対象とした購買戦略と実践
供給業者を対象にした戦略については、上記の買い手選定の基準を逆にするとわかりやすいでしょう。
また、購買戦略を実践する際には、次の点が重要となります。
- 供給業者の安定性や競争力(で決定する)
- 垂直統合度の最適水準
- 風車の有力な供給業者への発注量の配分
- 選択した供給業者に対する強力な交渉力の行使
・仕入先の分散化
・仕入先変更コストをなくす
・別の仕入先の体質向上を助ける
・標準化の促進
・仕入先統合の可能性を示す
・部分的な統合の推進
1については、競争力を維持・強化している供給業者から仕入れることが望ましいとする戦略です。
2の垂直統合については、後述の「ビジネスの戦略【意思決定する際のポイント】~ マイケル・ポーターに学ぶ⑤(最終回)」をご覧ください。
3と4は、仕入先を分散し、交渉力を生み出そうとする戦略です。
ポーターは、購買戦略では、目先のことに捕らわれず、長期的視点でこれらのポイントを考慮することが重要だと指摘しています。
まとめ
今回は、ビジネスを脅かす5つの競争要因( ファイブ・フォース)と競争環境分析の詳細編でした。
環境のより的確な把握と分析精度を高める「6つの分析技法」、これをもう一度簡単にまとめると次のようになります。
- 業界内部分析
「業界内部の構造分析」 - 競合業者分析
「競合業者分析のフレームワーク」
「マーケット・シグナル」
「競争行動 」 - 業界動向分析
「業界の進展・変化」 - 買い手・供給業者分析
「買い手と供給業者に対する戦略」
業界の内部とその動向、競合業者、買い手と供給業者、それぞれについて、より詳細に分析する技法を列挙していることがわかりますね。